北海道のおすすめ旅行・観光地
利尻富士と花の島の「利尻島と礼文島」を訪ねて



先ずは北海道は北の島・利尻島へ

首都圏に住む者ですが、スキーや観光で北海道へは何回となく出かけていました。
それも函館の道南地方から道央部の札幌・旭川は勿論、網走から釧路の道東部、更には稚内や宗谷岬の道北部などには出かけています。

ところが、最も行きたいところの一つにいつかいつかと思っていた、北海道でも有名な島の部分である「利尻や礼文島」がそうでした。それが遂に実現したのでした。
待望の北海道の利尻、礼文島を観光で訪れたのは4年(2015年の9月頃)ほど前で、定年退職後でした。

旭川から宗谷本線で稚内へ向い、後は稚内港からいよいよ待望の利尻島へフェリーで向かったのです。
そこでその夜は、鷲泊の港にある予約しておいた「ペンション・みさき」いうとこで投宿しました。
宿の夕食はさすがに利尻島だけ有って、海鮮風の料理に舌鼓を打ったのですが、特に、生ウニがドッサリと盛り付けてあったのには驚きました。
こちらの方ではウニは「馬糞ウニ」といって周囲の毛が短く身も一杯に詰まっているのが特徴らしいです。

この利尻島といえば稚内の海上西方の日本海に浮かんでいて、島は円形でありその特徴は何と言っても島の中央部には、あの100名山の「利尻富士」(1721m)が聳えているのです。
海上から見てみると島全体というか、突き出た富士山のような姿をしていて絶佳です。


利尻富士の画像

次の日の朝食の前に、ペンションのすぐ裏にあるペシ岬という三角形の頂上へ散策を兼ねて登ってみた。
湾先端は海上からそそり立つ標高わずか93mの岬であるが、頂上からは眺めは島の一端と利尻富士、それに鴛泊の港が一望の下に見渡せました。


利尻島一周の観光は地元の観光バスで

利尻島の観光は、島専用の観光バスで行うことにしました。
島の周囲はおよそ60kmの丸い島になっていて、車だと約1時間ほどで一周出来てしまう程です。

即ち、島内を時計の針のように進路を取り、一周する観光コースです。
定刻に出発した定期観光バスは鴛泊港から間もなく見晴らしのいい展望地に来ました。
野塚岬といいます。正面には隣接するペシ岬が見えています。

次にバスが止まったのは、森の中に佇む姫沼というところでした。
ガイドさんの案内で湖岸まで行きました。洒落た吊橋を渡るとすぐに湖面が現れます。

周囲は、1kmの鬱蒼とした原始林に囲まれた神秘的な湖で、その中を良く整備された木道が整い、利尻の自然や野鳥観察ができると言います。

島一周道路は鴛泊の市街を除けば概ね、幅のある2車線の舗装道路で、いくら飛ばしても基本的に取り締まりは行っていないという。
暫くして、ガイドさんが「皆様、おめでとうございます。心掛けが良かったとみえて利尻富士の全容が見えてまいりました」と、明らかにしてくれました。

利尻島南端に位置するのが仙法志という浜で、この時、案内の通り上空はスカイブルーに染まり、利尻山の三角錐が青天に向かって指していました。 

一帯は、ダイダイ色のエゾカンゾウというの花が草原状になって、山は一層の優美さを現していました。
仙法志の海岸は利尻山の火山が海岸へ流れ出て、奇しい岩や怪石を形成しています。

この地は勇壮な日本海を望む自然観察場があり、そこには昆布やウニ等を天然で見れる水族館がありました。馬糞ウニは、ケバケバが短くもっこりとしています。
天然の水族館の途中に老いた漁師が、その馬糞ウニの試食販売をしていたので、一個戴いてみました。潮の香りと独特のウニの味がして絶品でした。  

休憩の後、バスは最後の目的地である沓形(くつがた)へ向かいました。
次第に沓形の港が近づいてきて、われ等はこの地から次の訪問地礼文島へ向かうことになります。



北の花の島・礼文島は北端のスコトン岬へ

礼文島へは利尻より船で、香深の港に接岸しました。ターミナルの正面の山腹には“歓迎・ようこそ礼文島へ”と、大きな看板が歓迎してくれました。

礼文島観光は、ターミナル正面のレンタカー屋で軽自動車を1台借りることにしました。私たちは南北へ細長い島を、先ずは北の方角に向かいました。
途中に見内神社というのが鎮座していて、実はこの神社の岩を見ると何か悪いことが起きると言われているそうですが、実際に見てしまいました。今では出産、安産祈願の神社らしいです。

道道40号からのY字分岐を更に北上すると金田の岬へ到着です。
こちらの岬はお茶屋が一軒寂しそうに在るのみで、ある意味では最果てという感じでしたが、かつて礼文空港があったところです。今は人気のない無人の礼文空港です。

空港のその草原一帯は一面にエゾカンゾウの花がジュウタンのように咲き誇り広がっていました。近くの町・船泊は、ちょっとした街並があって稚内市街よりは北にある為、最北の町といえるそうです。

スコトン岬へ向かう途中の半島の付け根にサッパリした展望園地の「江戸屋」と言う場所がありました。
そこに銭屋五兵衛という地味な記念碑が建っていて、その横に説明版があり“享和から文化年間にかけて(約百六十年前)加賀の国銭屋五兵衛が露国と密貿易のかたわらキンツバ焼を始めたが江戸仕込みであったので屋号を江戸屋としたことから”とありました。
なんでも五兵衛は加賀の国の豪商と呼ばれ、この地で富を築いて加賀藩の台所の窮状を救ったといいます。

間もなく北端のスコトン岬へ着きました。
丸太の柵を施した岬は、さすがに展望絶佳。

正面には、海に浮かぶ海馬島(トド島)が至近に望まれ、岬の標識には「最北限の地」を名乗っていました。

スコトン岬の先端

“最北端”ではなく“最北限”としているあたり、何か曰くが有りそうです。
実は、昔はこちらのスコトン岬が最北端だと思われていたそうですが、正確な測量の結果、稚内の宗谷岬がより北部にり、最北端ではないことが判明したそうです。
その後は「北に限りない」というイメージを残して最北限を名乗るようになったといいます。


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